技術コラム【2025年義務化対応】
工場向け熱中症・暑さ対策ガイド

2024年、産業革命以前の平均気温を基準とした世界の平均気温がはじめて1.5℃以上上昇しました。このことは「熱中症のリスク上昇」という形で、私たちの労働環境にも確実に悪影響を及ぼしています。

本記事では2025年に改正される労働安全衛生規則と熱中症予防に触れ、熱中症対策に役立つアイテムをご紹介します。

なぜ今、暑さ対策が法的義務になったのか?

現場作業をともなう事業所では、以前から熱中症対策を行ってきました。なぜ、今になって対策が法律で義務化されたのでしょうか?

なぜ今、暑さ対策が法的義務になったのか?

改正労働安全衛生規則(安衛則)と安全衛生基準法(安衛法22条)のポイント

この度、労働安全衛生規則が改正されました。公布日は2025年4月15日、施行日は同年6月1日です。改正されたポイントは大きく2つあり、熱中症患者を発見したときの報告義務と、悪化防止装置の準備と周知を行うというものです。

前者は、仮に一緒に働く同僚が業務中に熱中症になった場合、救急隊の要請や医療機関への搬送を含む形でその旨の報告を義務付けるものです。特に一人作業の場合の連絡手段の確保や、熱中症にかかった本人以外の作業員や管理監督者が、熱中症の発生を知る仕組みづくりが大切です。

後者については、熱中症患者が発生したときの対応(悪化防止措置)について事前に決めて周知させておくものです。悪化防止措置としては、次の内容が挙げられます。

  • 当該作業の中止(離脱)
  • 身体の冷却(冷風、流水など)
  • 医師の診察や処置(必要に応じて。ただし、軽率な判断は危険)
  • その他熱中症悪化を防ぐための措置

一方、労働安全衛生法22条では「次の健康障害を防止するため必要な措置を講じなければならない」とされており、第2項に「高温」が含まれています。

ただし、対象となる作業は気温31℃以上で1時間以上継続する作業、あるいは1日のうち累計4時間を超えることが見込まれる作業です。

対象となる作業基準と罰則:6か月以下の懲役または50万円の以下の罰金

改正後、労働安全衛生規則で定められる対策を怠った場合は、都道府県労働局長あるいは労働基準監督署長から使用停止命令等を受ける場合があります(労働安全衛生法98条)

  • 作業の全部又 は一部の停止
  • 建設物等の全部又は一部の使用の停止又は変更
  • その他労働災害を防止するために必要な事項

また、熱中症対策の実施義務に違反した場合には、労働安全衛生法22条違反として「6か月以下の懲役または50万円以下の罰金」が課される場合があります。

2022年〜2024年の死亡災害データと法改正の背景

厚生労働省の報告「令和6年 職場における熱中症による死傷災害の発生状況」によると、2018年をピークに減少傾向にあった熱中症による労働災害の死傷者数が、2022年に827人、2023年に1,106人と増加したことがわかります。そして、2024年には1,195人とさらに増加しました。原因分析によると、ほとんどが初期症状の放置や対応の遅れだったことがわかったため、今回の改正に至ったと考えられます。

熱中症のメカニズムとWBGTの読み方

ここで人間の体温調節のメカニズムと「WBGT」の基本概念について解説します。

体温調節の生理学:血流・発汗・脱水

人間の体には、外気温など外部の環境に反して体温を維持しようとする機能があります。寒いときには血管を収縮させ、血流量を減らすことで熱が逃げるのを防いでいます。反対に暑いときは、血管を拡張させて血流量を増やし、熱を拡散させようとします。

それでも体温を維持できない場合には、汗によって体温維持を図ります。体の表面に汗(水分)があることで、汗が蒸発するときに周囲の熱を奪い体温を下げるはたらきをします。

しかし、汗をかくと体内の水分量が少なくなるため、その分補給しなくてはなりません。補給しない状態が続いたり、補給量と発汗量のバランスが崩れたときには脱水を引き起こします。

WBGTとは?28℃が「危険」ラインになる理由

環境省の「熱中症予防情報サイト」によると、WBGTによるレベル分けがされており、厳重警戒(WBGT28℃以上31℃未満)は「外出時は炎天下を避け、室内では室温の上昇に注意する」とされています。ただし、実際の作業ではWBGTの値だけでなく、作業強度や作業時の衣服の状況も踏まえて考慮する必要があります。

WBGTとは1954年にアメリカで提唱されたもので、人体と外気との熱のやりとり(熱収支)に注目した指標です。単位は気温(摂氏)と同じ「℃」を使用しますが、次の内容が考慮されて決まります。

  • 湿度
  • 日射・輻射など周囲の熱環境
  • 気温

そのため、例えば気温(外気温)が31℃であっても、その時々の環境によってWBGTの値は異なります。

科学的根拠:WBGT28℃超えで救急搬送が急増する統計

前出の「熱中症予防情報サイト」によると、WBGT28℃を境に熱中症患者発生率(労働災害ではない)が上昇しています。このことからも、WBGT28℃がいかに危険であるかわかります。

工場で実施すべき3層式暑さ対策

熱中症による労働災害を防ぐためには、発災後の行動も大切ですが、そもそも熱中症にならないための具体的な対策も必要です。

工場で実施すべき3層式暑さ対策

エンジニアリング効果

はじめに紹介するのはエンジニアリング効果(器具や設備による対策)です。

  • HVLSファン
  • 大型ミストファン
  • スポットエアコン
  • 遮熱塗料

HVLSとはHigh Volume Low Speedのことであり、大容量かつ低速で回る天井ファンのことをいいます。HVLSファンにより空間にある空気を循環させることで気温と湿度が下がり、外気温と比べて最大5℃マイナスを体感できるといわれています。

大型ミストファンとは移動式の大型ファンのことで、ファンを回すとミスト(水滴)が発せられます。ミストが蒸発するときに汗と同様に周囲の熱を奪うため、涼しさを感じられます。

スポットエアコンはスポットクーラーとも呼ばれており、フレキシブルなダクトを使用して局所的な冷却が可能です。作業者にダクトを向けて使用すれば、作り出された冷気により効率的な冷却が可能です。

遮熱塗料とは、熱を通しにくくする塗料のことです。屋根用や外壁用のほか、地面用もあるため、作業環境に応じて使用できます。

管理・運用対策

次に紹介するのは管理・運用の対策です。

  • リアルタイムWBGTモニター
  • 暑熱順化プログラム
  • ペア監視・ウェアラブル通報システム

リアルタイムWBGTモニターとは、リアルタイムでWBGTの値を計算して表示してくれるものです。WBGTを算出するには自然湿球温度や黒球温度が必要ですが、時々刻々と変化するためWBGTの値を常に計算するわけにはいきません。そんな手間を省いてくれるのがリアルタイムWBGTモニターです。

暑熱順化プログラムとは、作業環境(暑さ)に体を慣らすためのプログラムです。特に新入社員や他部署から配置転換されて間もない社員など、暑さに慣れてない人(体)を徐々に慣らしていくために用います。ただし、一度暑さに慣れたあとも一定の頻度でその環境にいる必要があり、夏季休暇などで長期間現場環境から離れた場合には、再度、暑熱順化プログラムを受ける必要があります。

ペア監視とは、2人以上で作業を行う場合に、お互いの状態(体調)を監視し合うことです。特に普段から決まったメンバーでチームを組んでいるなど、相手の状態を比較しやすい場合に効果を発揮します。一方、場合によっては1人作業になってしまうこともあるでしょう。その場合は、ウェアラブル通報システムを利用すると安心です。機種によっては脈拍数や現在地がオンラインでわかる ため、作業者が自ら通報できない状況にあっても何らかの対応ができます。

教育・文化づくり

最後に紹介するのは教育・文化づくりです。

  • 熱中症予防管理者の選任
  • 手順書の作成・訓練の実施
  • クールワークキャンペーンの活用

熱中症予防管理者とは、職場の衛生管理者や施工管理者、あるいは職長・安全衛生責任者など作業員の管理の責任を負う者、かつ熱中症予防衛生教育を受けた者のことをいいます。講習は外部の会場のほか、講師に工場まで来てもらったり、Webで受講したりすることも可能 です。

手順書の作成や訓練の実施は、まさに改正される労働安全衛生規則のルールに沿ったものです。必要十分な手順書と、いざというときに役に立つようにするための訓練が大切です。

一方、クールワークキャンペーンとは、厚生労働省が熱中症対策のために行っているキャンペーンで、これを機に熱中症の怖さや対策、熱中症の人を発見したときの対処法を学ぶとよいでしょう。

会社が導入すべき暑さ対策グッズ7選

ここでは工場が導入すべき対策グッズを紹介します。表1に示すものが、比較的効果が高いとされています。

表1.現場で使える有効な熱中症対策グッズ

グッズ 特徴/仕様 科学的裏付け 適用WBGT コスト感
空調服
(ファン付きウェア)
衣服内を強制換気 衣服内水蒸気密度を低下させ、快適性を維持 25℃~30℃ ★★
冷却ベスト
(水循環/氷蓄冷)
体幹部を集中的に冷却 温冷感を約3℃改善 26℃~32℃ ★★
移動式スポットクーラー 局所を20℃台に維持 約−13℃以上の冷却効果 >28℃ ★★
HVLSファン
(直径7m級)
天井から大風量循環 熱の滞留層を崩して温度ムラ低減 25℃~30℃ ★★★
自動給水ステーション 電解質飲料を定量供給 水分補給頻度を上げて脱水予防 全域
熱ストレス
ウェアラブルデバイス
皮膚温度と脈拍を監視 異常を早期発見し作業から離脱 >27℃ ★★
遮熱シート+
反射フィルム
輻射熱を最大70%遮断 表面温度12℃低下 直射・炉前

コスト感:★=低、★★=中、★★★=高